過去の企画展

映画と音楽の素敵な出会い

2017年7月7日(金)~9月10日(日)

“My Favorite Things”(私のお気に入り)という曲が聴こえてきたら、あなたは「そうだ京都、行こう」と思い立ちますか? それともジュリー・アンドリュースがこどもたちに囲まれている『サウンド・オブ・ミュージック』の一幕を思い浮かべますか? あるいは“ハリー・ライムのテーマ”を聴いたら、『第三の男』のオーソン・ウェルズのしたり顔がみえてきますか? それともやっぱりビールが飲みたくなりますか? 名作の映画音楽は、今や私たちの生活に広く浸透しています。気になる音楽をきっかけに映画をみるのも良いでしょう。大好きな映画のメロディは、スクリーンを通して異世界へと出かけたあなたの旅の思い出”souvenir”として、いつまでもそばに残しておくことができる記念品と言えるかもしれません。

本企画展では、そんな映画音楽の素晴らしさに焦点をあて、クラシックからモダンジャズ、ポップスなど様々なジャンルにおける映画と音楽の素敵な共演・協奏を辿ります。

 

協力:小野里徹氏、根本隆一郎氏、原川順男氏、藤本秀則氏、松本経氏、東京国立近代美術館フィルムセンター

【特別展】 鎌倉映画地図

2017年3月17日(金)~7月2日(日)

~“鎌倉映画地図”を持って、映画の街・鎌倉に出かけよう!~

歴史と自然の魅力溢れる鎌倉は、これまで多くの小説や映画、漫画の舞台となってきました。このたび、宮崎祐治さんのイラストレーションとともに、“鎌倉を舞台にした映画”と“街歩き”の魅力をお楽しみいただく特別展「鎌倉映画地図」を開催いたします。名作の数々を懐かしい鎌倉の風景写真とともに振り返る本展をきっかけに、映画の名場面を探しに、鎌倉の街に出かけてみませんか?


鎌倉を舞台に大ヒットを記録した映画『海街diary』のコーナーでは、本作の撮影監督である写真家・瀧本幹也さんによる写真作品の展示も見どころの一つです。鎌倉の変わらない風景と移りゆく風景を、映画の中の変遷とともにお楽しみください。

宮崎祐治さんプロフィール
武蔵野美術大学卒。ディレクターとしてCMの企画・演出に長く携わったほか『世界の車窓から』などのTV番組の演出も手懸ける。並行して『キネマ旬報』などで映画をテーマにしたイラストレーションやエッセイをかいている。昨年、『東京映画地図』(キネマ旬報社)が出版された。

協力:「海街diary」製作委員会、瀧本幹也写真事務所、東京国立近代美術館フィルムセンター、株式会社分福【五十音順】

ヨーロッパ映画紀行

2017年1月20日(金)~3月12日(日)

このたび、鎌倉市川喜多映画記念館が皆様に贈るヨーロッパ映画を巡る旅、企画展「ヨーロッパ映画紀行」をご案内します。

旅立ちを前に今一度、想い出の映画を振り返ってみましょう。外国が遠い雲の上の存在だった時分、パリの下町を舞台にした『巴里祭』や、ウィーン会議を背景にした『会議は踊る』など、文化・芸術の薫り高いヨーロッパ映画は人々を魅了しました。やがて戦争が終わり、復興途上で公開された『第三の男』は、戦争の傷を背負った日本人の心に深く染み入り、多くの人の記憶に残る作品となりました。

ジェラール・フィリップからアラン・ドロン、ソフィア・ローレンからカトリーヌ・ドヌーヴまで、ヨーロッパを代表する名優たちと、歴史的な街並みを背景に彼らが繰り広げる名場面の数々…。ヨーロッパへの憧れはアメリカ映画『ローマの休日』などにもよく表れています。また『旅芸人の記録』や『ベルリン・天使の詩』など、より多様な映画との出会いをもたらしてくれたミニシアター文化は、私たちに新たな土地を巡るきっかけを与えてくれました。

ヨーロッパ映画は、今なお人々の憧れであり続けています。さて、そろそろ出発の時間です。懐かしの映画との再会、そして新たな作品との出会いの旅へ一緒に出かけてみませんか?

特別展:
世界のクロサワとミフネ
-監督 黒澤明と俳優 三船敏郎-

2016年9月16日(金)~2017年1月15日(日)

昭和26(1951)年9月10日、世界最古の歴史を誇るヴェネチア国際映画祭で
グランプリ「金獅子賞」を受賞し、世界の表舞台に立った映画『羅生門』。それは日本
映画とその芸術性を世界に知らしめ、戦後混乱期の日本人に勇気と誇りを与えた歴史
的な出来事でした。翌年にはアメリカのアカデミー賞で名誉賞も獲得、監督の黒澤明
はもとより、主演の一人である三船敏郎の名が注目されました。『酔いどれ天使』から
始まった黒澤明と三船敏郎のコンビよる16作品は、その後も映画史に燦然と輝き、
また、ルーカス、スピルバーグら、世界の映画人は敬意を込めて二人を「クロサワ」「ミ
フネ」と呼びます。

 本企画展は、黒澤明監督と三船敏郎の業績をゆかりの品々や外国の映画資料の展示、
そして、代表作の映画上映と共に辿ります。現在も多くの人々に愛され続けている「世
界のクロサワとミフネ」の魅力をぜひお楽しみ下さい。

夢みるハリウッド ―映画に頬をよせて

2016年7月15日(金)~9月11日(日)

映画はその誕生以来、人々にまず「驚き」を与え、そして次に「夢」を与えるものとして機能してきました。やがて「物語」を語るようになった映画には、幾千ものヒーロー・ヒロインを演じるスターが生まれ、その織りなす世界は様々な冒険やロマンスで彩られるようになりました。ハリウッド映画にはたくさんの理想的なカップルが登場します。メアリー・ピックフォードは、かつて「アメリカの恋人(スイートハート)」と呼ばれて人気を博し、ダグラス・フェアバンクスと結婚した際には、「世紀のロマンス」とうたわれました。アステア&ロジャース、ボギー&バコールなど、ハリウッド映画にはその後も私たちを魅了してやまない恋人たちが次々と現れ、いつでも夢の世界へといざなってくれました。

本企画展では、ハリウッド・カップルにスポットを当て、劇映画の中での理想の組み合わせからスクリーンを離れても寄り添ったふたりまで、その恋愛模様を出演映画のポスターやスチル写真で辿ります。きっとあなたの胸をときめかせた理想のカップルが、そこには登場することでしょう。

 

協力: 大山恭彦氏、根本隆一郎氏、東京国立近代美術館フィルムセンター

特別展:鎌倉の映画人 
映画女優 原節子

2016年3月18日(金)~7月10日(日)

〜 美しき微笑と佇まい、スクリーンに輝いた大スターを偲んで 〜

戦前から戦後にかけて日本映画の黄金期に活躍し、こつ然と銀幕を去った後、鎌倉で終生を過ごした原節子。昨年、その訃報が届き、多くの人々が偉大な映画女優の逝去に深い追悼の意を表しました。小津安二郎監督による『晩春』『麦秋』『東京物語』で演じた「紀子」の品性に満ちた美しさや、成瀬巳喜男監督、黒澤明監督などの作品で演じた女性像は、映画を愛する人々の心に永遠に刻まれていることでしょう。

本企画展では、公私ともに親交の深かった写真家・秋山庄太郎による他では見る機会の少ない貴重なポートレートの数々を展示いたします。また、日独合作映画『新しき土』のドイツ公開にあわせて渡欧した際の写真アルバムや特別映像もご覧いただきます。関連作品の上映では、鎌倉文士の永井龍男、今日出海原作の映画化作品の上映もございます。鎌倉における本企画展にて、映画女優・原節子を偲び、皆様の思いを馳せていただく機会になれば幸いです。

 

 

協力:秋山庄太郎写真芸術館、石島葉子、一般社団法人 映画演劇文化協会、弘子文庫、東京国立近代美術館フィルムセンター、永井賴子     (敬称略・五十音順)

映画が恋した世界の文学

2015年12月18日~2016年3月13日

古典文学の名作から同時代のベストセラー小説まで、いつの時代も映画は文学から物語を借り受け、文学は映画化されることでさらに読者を広げてきました。本展では、そんな両者が辿ってきた豊かで親密な関係を、ポスター資料の展示と文学を原作に持つ映画作品の上映から見つめ直します。

 

協力:東京国立近代美術館フィルムセンター

鎌倉の映画人: 監督 小津安二郎と俳優 笠智衆 
-日本の映画 日本の心

2015年9月18日〜12月13日

東京深川に生まれ、青春時代を三重県松阪で過ごした小津安二郎は、松竹キネマ蒲田撮影所に入社し、映画界への第一歩を踏み出しました。その後の小津作品の数々は、日本映画の至宝として私達を魅了し続け、世界でもその評価は増すばかりです。

そして、その小津作品に欠かせない俳優が、笠智衆です。熊本の浄土真宗の寺に生まれ、大学進学で上京した笠智衆は、蒲田製作所の俳優研究所から撮影所へ入社し、小津作品では第二作となる『若人の夢』(1928年)以来、ほぼすべての作品に出演しました。笠智衆は”日本の父親”として多くの人々に愛され、小津映画を象徴する存在となりました。

本企画展では、ともに鎌倉を愛し、鎌倉に暮らしたゆかりの映画人である監督・小津安二郎と俳優・笠智衆の映画世界を、愛用の品々や映画資料の展示、そして代表作の映画上映でご覧いただきます。”日本の心”を永遠に伝え続ける珠玉の映画の数々をぜひお楽しみください。

戸田奈津子が見てきたハリウッド

2015年7月3日〜9月13日

かつて日本人の多くがハリウッドスターに憧れを募らせた時代がありました。映画字幕翻訳者、来日スターの通訳として知られる戸田奈津子氏もそのひとりでした。終戦後、映画好きな母親に連れられて入った映画館で大きなスクリーンいっぱいに広がったその世界は、ひとりの少女を夢中にさせました。戸田さんのみならず、映画は当時多くの人に夢を与えました。時を経た現在でも私たちは『E.T.』といえば互いに指と指を合わせ、『タイタニック』といえば大きく両手を広げてみせることで夢を共有し、心を通わせることができます。


本企画展ではハリウッド映画の名作を紹介しながら、戸田さんがスクリーンを通して、あるいはスクリーンの向こう側で見てきた世界の一端に触れてみたいと思います。一度見たら忘れられないスターのあの表情、あのシーン、あのセリフの数々をご堪能ください。

 

< 戸田奈津子氏プロフィール >

昭和11年、東京生まれ。津田塾大学卒業後、生命保険会社の秘書を経て映画字幕翻訳者の清水俊二氏に師事、通訳や翻訳の仕事に携わる。フランシス・フォード・コッポラ監督の推薦で『地獄の黙示録』の翻訳を手がけたのを機に、映画字幕翻訳者として本格的に活動。これまでに1500本以上の作品を翻訳している。

写真家 早田雄二の世界 ~華麗なる映画スターたち~

2015年4月03日〜6月28日

戦後の日本映画界は空前の活況を呈しました。映画は「娯楽の王様」として人々に愛され、多くの作品が矢つぎ早に国際映画祭で高い評価を受けました。その銀幕を華やかに彩り、薫り高い芸術性に花を添えたのは、時代が生んだ多くのスターたちでした。
写真家 早田雄二は、実兄・橘弘一郎の主宰する「映画世界社」でその経歴を開始し、またたく間に芸能人ポートレート撮影の第一人者となりました。特に「女性専科」と称されたように、スター女優からの信任には絶大なものがありました。
来年、生誕百年を迎える早田雄二のとらえた数々のポートレートから、女優を中心に70余名を紹介します。また、きらめくスターたち出演の代表作も上映いたします。映画最盛期の在りし日を、想い出のスターとともに辿ってみませんか。

鎌倉・映画・文学~鎌倉を彩る名作の世界~

2015年1月04日〜3月29日

“鎌倉文士”といわれた作家をはじめ、多くの芸術家に愛された街・鎌倉。本企画展では、鎌倉ゆかりの文学の映画化作品を中心に、映画資料の展示と13作品の映画上映でご紹介します。戦前の貴重な「鞍馬天狗」、「丹下左膳」の映画ポスターや献呈署名本などの展示、小津安二郎監督の鎌倉を舞台にした名作『晩春』、『麦秋』で登場する「北鎌倉」の駅名標も特別展示いたします。その豊かな作品世界と“文学と映画の街”鎌倉の魅力をお楽しみください。

映画女優 吉永小百合

10月03日〜12月25日

 日本を代表する映画女優である吉永小百合さんは、1959年、松竹大船にて『朝を呼ぶ口笛』で映画デビューしました。1960年、日活に入社するとともに、浜田光夫さんとのコンビで『ガラスの中の少女』に初主演、瞬く間に青春スターとしての地位を確立します。代表作『キューポラのある街』では史上最年少にてブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、高い評価を得るとともに、その後も多くのファンに愛され、日活映画を代表する女優となりました。80年代以降は、『華の乱』、『北の零年』などの大作に主演、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめとする数々の賞に輝かれています。そして、最新作『ふしぎな岬の物語』(成島出監督)では初の企画・主演を務めるなど、映画愛に満ちたそのたゆまざる歩みは、今も多くの人々を魅了し続けています。

本企画展は、これまでの代表作である14作品の映画上映とともに、関連資料の展示で「映画女優 吉永小百合」の足跡とその魅力に迫ります。ぜひお楽しみください。

淀川長治 映画の部屋

7月04日〜9月28日

 永年「日曜洋画劇場」の映画解説者として活躍し、TV番組の最後にサヨナラ・サヨナラ・サヨナラと三回繰り返すことから、「サヨナラおじさん」として、お茶の間でも親しまれた淀川長治氏。まるで活動弁士が語るように、場面が鮮烈に甦ってくる淀川さんの語り口は、ときにその映画を観たかのような錯覚を引き起こしました。またその豊富な知識による映画のオモチャ箱をひっくり返したような独特の話術は、今もなお語り継がれています。
 本企画展は、そんな映画の楽しさを最大限に伝えてくれる淀川さんの言葉や映像資料を、彼の愛したスターとの写真や名作の数々とともに振り返ります。この機会にあらためて映画の魅力に浸ってみてはいかがでしょうか。

【淀川長治氏】プロフィール
1909年、大正モダンの神戸生まれ。1歳の時から両親とともに映画館に通いつめ、無声映画をはじめ数多くの映画を観る。映画会社の宣伝部、『映画之友』の編集長を経て、映画評論家として「日曜洋画劇場」の解説者を32年間務める。映画ファン交流の場である「友の会」を設けるなど、伝道師として様々な映画の楽しみ方を伝え続けた。1998年逝去。

女優王国 松竹大船撮影所物語 ~名作を生んだ夢の工場~

4月04日〜6月29日

昭和11年、東京・蒲田から大船の地へ映画人の一団が、夢と希望を抱いてやってきました。そこは松竹大船撮影所、その後、多くの名作を生んだ“夢の工場”でした。笑いあり涙ありのストーリーで庶民生活を描いた作品群は“大船調”といわれ、老若男女問わず親しまれたその作風で、日本映画を牽引してきました。そして、銀幕を彩った華やかなスター女優たち、名優、名監督、多くのスタッフが活躍し、“映画”を生きたその場所には、それぞれの「物語」が生まれました。その「物語」に耳を傾ければ、日本映画の様々な魅力が溢れ出てくることでしょう。
 本企画展は鎌倉ゆかりの松竹大船撮影所が生んだ名作の数々を、映画資料でご覧いただくとともに、田園都市構想をもとに成立した撮影所の知られざる側面を、貴重な郷土資料でご紹介します。そして、その歴史を語り継ぐ名作、15作品を上映します。ぜひお楽しみ下さい。

世界に名画を求めて ~エキプ・ド・シネマの40年~

1月30日〜3月30日

1974年2月、フィルム・ライブラリー協議会(当時)の川喜多かしこと岩波ホール総支配人の髙野悦子氏により、「世界の埋もれた名画を発掘・上映する」運動を発足。「エキプ・ド・シネマ」(フランス語で“映画の仲間”の意)と名付けました。岩波ホールを拠点として、第一回上映作品はインド映画の巨匠 サタジット・レイ監督『大樹のうた』から始まり、今年で40年を迎えます。「エキプ・ド・シネマ」の活動は、単館ロードショー、ミニシアターの先駆けとなり、今日までたくさんの会員とスタッフ、映画人・著名人に愛されて支えられ、昨年2月9日に髙野さんが逝去された際には、日本のみならず世界中の“映画の仲間”が駆けつけ、弔意を表しました。
 本企画展では、これまで上映されてきた作品のポスターや劇場パンフレットの数々をご覧いただき、映画を通してひらく世界の扉へと、今あらためてご案内いたします。この機会にぜひご堪能ください。

~永遠の伝説~ 映画女優 原節子

11月01日〜1月26日

『ためらふ勿れ若人よ』でデビューとなった15歳の新人女優は、役名の一部から「原節子」と名付けられました。類まれなる美貌でたちまち注目を浴び、16歳で日独合作映画『新しき土』のヒロインを演じ、映画は大ヒットを記録します。戦後は『わが青春に悔なし』、『東京物語』などに出演、日本映画界を代表するスター女優として、多くの名作を残します。しかし、昭和37年『忠臣蔵』への出演を最後に、表舞台には一切出ることなく、その存在は永遠の伝説として人々の心に深く刻み込まれました。
 本企画展は、写真家・秋山庄太郎、早田雄二によるポートレートや映画資料などの展示、出演作品や『新しき土』関連映像の上映を中心に、鎌倉にゆかりの深い大女優・原節子の軌跡を辿ります。今も多くの人々を魅了し続けるその美しさを、名作の数々とともにぜひご覧ください。

東宝映画のスターたち Part2

9月05日〜10月27日

 プロデューサーシステムによる企画力を主軸とした「東宝映画」において、純文学や新聞連載小説などの映画化が、戦前から盛んに行われました。吉屋信子原作『良人の貞操』や森鴎外原作『阿部一族』など多くの文芸映画が製作され、高い評価を得ました。
 戦後には、大ヒットを記録した『青い山脈』の原節子、『浮雲』の高峰秀子、『夫婦善哉』の淡島千景、『雪国』の岸惠子といったスターたちが名作とともに深い印象を残しました。また、新珠三千代、有馬稲子、八千草薫といった華やかな女優陣が演じる明るく清楚な女性像が人気を博し、なかでも「東宝映画」の看板女優となった司葉子、星由里子らが、文芸大作から娯楽作まで幅広い作品で観客を魅了しました。そして、青春映画を代表するスターとして登場した内藤洋子、酒井和歌子らが時代を駆け抜けました。
 本企画展は、『東宝映画のスターたち Part2』と題して、スターたちによる薫り高い文芸作品を中心に、女優篇として開催します。公開当時のポスターや資料の他、市川崑監督による『細雪』で使用された華麗な衣裳の展示と、厳選された10作品の映画上映を行います。
 銀幕を彩った「東宝映画」のスターたちとともに、日本映画の黄金時代が与えてくれた名作の世界をぜひお楽しみください。

東宝映画のスターたち Part1

7月04日〜9月01日

1932(昭和7)年、東京・砧に完成した白亜の撮影所は、モダンな外観と合理的な経営、自由な社風で、映画界に新風を巻き起こし、「東宝映画」の幕開けとなりました。そして、ここから多くのスターたちが銀幕へと浮かびあがり、観客に夢と希望を与えました。

 戦後、『青い山脈』の大ヒットとともに、都会的センスとクールな風貌で人気を得た池部良をはじめ、その類まれなるエネルギーと存在感で世界へと活躍した三船敏郎、東宝娯楽映画の代表作「社長」・「駅前」シリーズから文芸作品へと、幅広い演技で観客を魅了した森繁久彌や小林桂樹、若者から圧倒的支持をうけた「若大将」シリーズの加山雄三、綺羅星のごとく活躍したスターたちが「東宝映画」の輝きを今も放ち続けています。

 本企画展は「東宝映画のスターたち Part1」と題して、「明るく楽しい東宝映画」を代表するシリーズ作品を中心に、男優篇として開催します。公開当時のポスターから、ファン雑誌などの貴重な映画資料の展示と、『青い山脈』、『続 青い山脈』の一挙上映を含む9作品の映画上映を行います。

 日本映画の黄金時代を彩る「東宝映画」のスターたちとともに、想い出のひと時をぜひお楽しみ下さい。なお、Part2では、文芸作品を中心に女優篇として開催します。こちらもご期待下さい。

監督 大島渚&女優 小山明子

2月01日〜3月31日

日本映画を代表し、国際的な舞台で活躍してこられた大島渚監督と公私共に歩んでこられた小山明子さん。お二人の生み出した数々の映画作品を中心に、その偉大な足跡を辿るのが、本企画展です。

大島監督は、1954年、松竹大船撮影所に入社、『愛と希望の街』(1959)で監督デビュー後は、“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”の旗手として一躍時代の先頭に立ちます。

小山明子さんは1955年、松竹にて女優デビュー、『新婚白書』(1955)で大島監督と出会い、監督の第4作目にあたる『日本の夜と霧』出演後の1960年に結婚。松竹退社後はともに、田村孟、戸浦六宏らと独立プロ「創造社」の設立に参加します。60年代を中心としたATGとの提携作品では、国内はもとより海外の映画祭や映画人によって高く評価され、各国で多くの大島特集が組まれます。

大島監督は、1973年に「創造社」を解散後、「大島渚プロダクション」を設立し、フランスとの合作『愛のコリーダ』(1976)を発表、活躍の場を世界にうつします。続く『愛の亡霊』(1978)ではカンヌ映画祭監督賞を受賞し、世界的評価を決定づけました。また、1980年より16年間、日本映画監督協会理事長を務め、映画監督の著作権問題に尽力されたほか、テレビのコメンテーターとしても活躍されました。1985年に川喜多賞、2000年に紫綬褒章、2001年にはフランス芸術文化勲章を受章されています。

小山明子さんは舞台やエッセイストとして活躍の場を広げ、自らの介護生活を綴った著書を出版、大島監督とのかけがえのない日々を多くの人達に伝えています。

本企画展は、ともに鎌倉ゆかりの松竹大船撮影所で映画界にはいり、ここ湘南で暮らしておられるお二人のこれまでの道のりと、日本と世界の映画界に果たしたその功績を貴重な展示資料と映画上映で辿ります。


  

【映画上作品】
『明日の太陽』+『愛と希望の街』  『儀式』
『青春残酷物語』         『愛の亡霊』
『絞死刑』            『戦場のメリークリスマス』
『少年』             『御法度』


 

【講演会・トークショー】
小山明子さん講演会
崔洋一監督トークショー

映画女優 高峰秀子

11月01日〜1月27日

昭和4(1929)年、家族と松竹蒲田撮影所の見学に訪れた5歳の少女は、野村芳亭監督の大作「母」のオーディションに合格し、ここに<高峰秀子>が誕生しました。養母の芸名を継いだ彼女は、またたく間に天才子役としての人気を獲得し、<秀坊><秀ちゃん>と親しまれました。

12歳でP.C.L(後の東宝)に移籍、<デコちゃん>の愛称でアイドルの仲間入りを果たしました。名匠・山本嘉次郎によるベストセラー「綴方教室」の映画化と、若き黒澤明が助監督を務めた「馬」で少女スターの地位を確立、戦後も小津安二郎、成瀬巳喜男、木下恵介らの名匠、巨匠の作品に起用され、<子役は大成しない>のジンクスを見事に覆しました。人気絶頂の最中、半年余りのパリ遊学を決行し、帰国後の活躍は演技派女優、大スターとしての地位を揺るぎないものとしました。また、随筆などの分野でも個性あふれる作品を発表し、自伝「わたしの渡世日記」は日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しました。女優生活50年を境に現役引退を表明し、文筆活動以外の登場は極力避け、最愛の松山善三監督との日々を大切に守り通しました。2010年12月28日の大女優の訃報は、年明けの1日にもたらされて世間に衝撃を与えました。

本展では、86歳の生涯で50年に及ぶ映画女優の軌跡を、ポスター、写真、資料などでたどるとともに、代表的主演作品も上映いたします。

ザッツ・ミュージカル! ~ミュージカル映画の系譜~

11月01日〜1月27日

ミュージカル映画は、1927年の『ジャズ・シンガー』から始まるトーキー映画の幕開けとともに始まりました。映画に音響効果が加わったことによって、最初に圧倒的な支持を受けるようになったのは、歌と踊りの入っている映画でした。

欧州の音楽映画やオペレッタ、ブロードウェイの才能がハリウッドに流れ込み、やがてアメリカ製の「ミュージカル映画」という一大ジャンルが築き上げられま す。アステア&ロジャースの息の合ったコンビ、ビング・クロスビーにジュディ・ガーランド、フランク・シナトラ、ジーン・ケリーといったミュージカル・ス ターがスクリーンを鮮やかに彩りました。

本企画では、『雨に唄えば』や『巴里のアメリカ人』など50年代の第二期ミュージカル黄金期の作品を中心 に上映し、トーキー初期から『サウンド・オブ・ミュージック』、『王様と私』など現在でも親しまれている作品のポスターやスチール写真を一堂に集め、展示します。晴れや かな気分やラブ・ロマンスをダンスシーンで表現した、数々の名曲・名場面の想い出に、あなたも心躍らせて下さい。お待ちしています。

永遠のタフガイ 石原裕次郎 ~日本の映画を変えた男~

7月05日〜9月02日

戦後最大のスターである石原裕次郎(1934-87年)は、兄・石原慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』(1956年)で映画デビュー、『俺は待ってるぜ』(1957年)、『嵐を呼ぶ男』(1957年)の大ヒット以降、映画スターとしての地位を築きます。また、『銀座の恋の物語』(1962年)など、石原裕次郎が歌う主題歌も爆発的な人気を得ました。1963年には「スタープロ」の先駆けとして石原プロモーションを立ち上げ、自ら映画製作に挑み、『太平洋ひとりぼっち』(1963年)、『黒部の太陽』(1968年)などの名作を世に送り出します。その後、テレビ製作の分野へと進出、数々のヒット作を放つとともに、幅広い世代に愛され続けました。逗子に育ち、海をこよなく愛した石原裕次郎は、52歳という若さで惜しまれつつ逝去されました。企画展期間内の7月17日は石原裕次郎の命日であり、没後25年の節目の年にあたります。また、本年は日活創立100周年でもあります。本企画展では、貴重な素顔の写真やポスターなど数々の資料で振り返るとともに、出演作10本の上映も行い、日本人が最も愛した「永遠のタフガイ石原裕次郎」に迫ります。

映画の都ハリウッド ~華やかなるスターの世界~

4月01日〜7月01日

かつてアメリカの映画人が東部を離れ、旅をしながら作品を撮り、雨の降らない温暖な気候と太陽の光を求めて辿りついたのがカリフォルニア、“ハリウッド”の始まりでした。スタジオを開設し、そこから映画は産業として大きく花開きました。巨大化した夢の工場には、戦争を逃れて欧州からもたくさんの映画スターや監督が集まりました。スターシステムとハリウッド黄金期の幕開けです。

 本企画展では戦前の、そして戦後の黄金期にキャリアをスタートし、その後も活躍したハリウッドスターからアメリカン・ニューシネマの頃の新しい顔ぶれまでを中心に、誰もが憧れたスターのポートレートや映画ファン雑誌、何度でも見たい名作映画のポスターの日本公開版やオリジナル版を一挙に展示いたします。時代が変わっても色あせることのない華やかな作品の数々を、スターとともにお楽しみください。

「映画監督 新藤兼人の仕事」

2月02日〜3月28日

まもなく百歳を迎える新藤監督は、今年公開(2011年)の新作『一枚のハガキ』を監督、日本映画界を代表する現役の作家です。現像、そして映画美術から出発し、脚本家としてデビュー後は第一線で活躍、多数の脚本を提供しました。戦後は監督としてデビューするとともに、独立プロの先駆けとして独自の製作システムを確立し、話題作を次々に発表しています。 その監督の歩んできた道をポスターやスチル、プレスなどの資料で辿るとともに、監督の自筆原稿や台本なども展示、同時に監督が数多く書かれた脚本の代表的映画化作品の資料も展示いたします。

「国際映画祭への招待 ~華やかな夢の祭典~」

12月01日〜1月29日

映画ファンの注目を浴びるカンヌ、ヴェネチア、ベルリンなどの国際映画祭が世界各地で毎年開催されています。 世界中の映画と映画人が一同に集い、さまざまな趣向を凝らしたイベントも行なわれ、賑わいをみせます。

当記念館では、国際映画祭の歴史や内容を、貴重な映画祭ポスターや写真、カタログなどを中心に、その華麗なる世界をご紹介いたします。

特別展「鎌倉の映画人・女優 田中絹代」

9月01日〜11月27日

2009年、生誕百年を迎えた映画女優・田中絹代。
半世紀に及ぶ映画人生を絶えずスター女優として過ごした、日本映画史上、稀有な映画人の一人です。サイレント期の可憐な娘役で人気を博し、トーキー時代を迎えてその地位を不動のものとしました。戦後間もなく親善大使として民間人初渡米の栄誉を得、溝口健二監督による作品で国際的評価も受けました。晩年の作品「サンダカン八番娼館・望郷」でのベルリン国際映画祭主演女優賞は彼女の最高の栄誉でしょう。
田中は松竹撮影所の大船移転に伴い鎌倉に移住、鎌倉山の『絹代御殿』で映画人生を全うしました。
彼女の映画史を再現すると共に、波乱の一生を資料で回顧する企画展に是非お越しください。

*10月12日から一部展示替えあり

「グラフィックデザイナー野口久光の仕事 ~ヨーロッパ映画を彩るポスターとともに~」

7月01日〜8月28日

戦前戦後の数々の名作映画のポスターを制作し、油絵のような作風でヨーロッパ映画の空気感を表現した野口久光。その作品は海外の映画作家などからも高く評価されました。また、彼の確かなデッサン力はジャズやクラシックのレコードジャケットにも発揮され、映画だけでなく音楽も含めた幅広い異文化の香りを紙上で巧みに表しています。

今回の企画展では、野口氏が手がけたヨーロッパ映画のポスターを中心に展示するとともに、映画雑誌の表紙絵や音楽レコードのジャケット、スケッチなどもご紹介いたします。グラフィックデザイナーとして、外国文化の豊かな空気感を日本の人々に伝えた氏の仕事をご期待ください。


「大人は判ってくれない」(1960年公開)
フランソワ・トリュフォー監督が大変気に入ったポスター。
その後の監督作「二十歳の恋」の中でも、このポスターを登場させました。


「旅情」(1955年公開)

特別展「映画監督 黒澤明の世界」

4月01日〜6月26日

戦後の日本映画を代表する〈世界のクロサワ〉は、昨年の2010年に生誕百年を迎えました。国内はもとより、国際的にもクロサワの仕事は再検証され、その名声を一段と高めることになりました。

F・コッポラ、M・スコセッシ、S・スピルバーグ、J・ミリアスなどは〈クロサワの子供たち〉と称され、その影響力のすさまじさを知るに十分でありましょう。

青年期に美術家を目指していたクロサワは、映像の世界でも抜きんでた造形力を発揮し、「映画に一番近い芸術は音楽だ」との考えのもと、画と音の構成に独特の試みを散りばめました。また、脚本家たちとの共同作業により、息をもつかせぬ物語展開や奇抜な発想を作品化しました。

本企画は、黒澤監督の業績の一端を数々の貴重な資料でたどるとともに、全30作品の中から折々の8作品を上映いたします。また、関連する講演会も多数ご用意いたしました。この機会に、〈クロサワ・ワールド〉をぜひご体験ください。