韓国の悲しく激しい歴史を学ぶ ~GWシネマセレクション『タクシー運転手』トークイベント報告

19/05/10

もうすっかり日常に戻った感がありますが、長い連休や平成から令和への改元が重なった今年のゴールデン・ウィーク、皆さんはいかがお過ごしでしたか?

毎年この時期は、近年公開された映画の中から、当館が是非おすすめしたい作品を選んでご紹介しています。今回は、いずれも昨年大きな話題を呼んだ『マルクス・エンゲルス』『タクシー運転手~約束は海を越えて』『フジコ・ヘミングの時間』を上映しました。

韓国映画の『タクシー運転手』は、1980年5月に韓国南部の都市・光州で起きた、国家による民衆への暴力的弾圧を題材にしています。映画を観ると、権力が民衆に対していかに理不尽な暴力を働くか、そして情報統制が敷かれた韓国では、当時ほとんどの国民が光州で起きていることを知らないままだったという恐ろしさを見せつけられます。ただ映画からは、何故光州事件が起こったのか、当時韓国がどのような政治状況にあったのかが断片的にしか理解できないこともあり、今回の上映に合わせて韓国人の映画研究者・崔盛旭(チェ・ソンウク)さんをお迎えして、光州事件と韓国の現代史についてレクチャーをしていただくトークイベントを開催しました。

日々、韓国の動向を伝えるニュースは数多いと言えど、その歴史的な流れを把握している日本人はそう多くはないのではないでしょうか。そこでトークでは、韓国の歴代大統領を一覧で紹介し、そこから光州事件の時期へと焦点を狭めていきました。

韓国では長きにわたって朴正煕(パク・チョンヒ、2年前に数々の不祥事で国民からその地位を追われたパク・クネ大統領のお父さんです)を中心に軍事独裁が続いていましたが、1979年、側近によって暗殺され、国が混乱する最中、この機会に独裁からの解放を実現しようと、国のあちこちで民主化を求めるデモがうねりをあげていました。
その中でも軍部にとって長年の敵であった民主化運動の指導者・金大中(キム・デジュン)の出身が光州であったことから、朴正煕の跡を継いだ軍人の盧泰愚(ノ・テウ)のターゲットとなり、混乱に陥っている国での軍の強さを知らしめるため、光州で民衆が反乱を起こしたという事実をでっちあげた、というのが光州事件の背景でした。

崔さんによると、光州は昔から地域差別の対象となっていて、道路などの開発事業から取り残されたり、テレビや映画での悪役を光州のある地方出身の設定にして、人々に光州人に対する差別意識を刷り込ませていたそうで、崔さんも子どもの頃、その地方出身者とは付き合うなと親に言われていたそうです。したがって、「光州で民衆が反乱を起こした」と嘘の報道がされた時も、国民の多くは「光州ならありそうなことだ、仕方ない」と納得し、それが軍の狙いだったということです。
今回のトークでは、崔さん自身の体験に基づくお話も多く聞くことができ、壇上からも皆さんが聞き入り、頷く様子が見えて、充実した内容になったと思います。

また、映画の展開と照合させながら光州事件の詳細を確認したり、映画のどの部分が事実かフィクションかについても説明していただきました。
私が印象的だったのは、最後にタクシーが光州から脱出する際、軍人が通行を許可する場面は、いかにもフィクションのように見えていましたが、実は事実だったということです。そして、光州で実際に民衆を虐殺した軍人と、通行を許可した軍人は軍服の色や柄が違っており、前者は特殊部隊の軍服、後者は一般の軍服であるため、徴兵された学生が光州出身だったり、民主化運動にシンパシーを感じていた可能性は十分にあるそうです。
そういった理解は、日本の観客には到底難しいため、今回のお話を聞いてより映画の説得力が増したように感じました。

本作は、映画の公開後に、タクシー運転手の息子さんが名乗り出て初めて彼の全貌が判明し、実は映画とはまるで違う人物だったことがわかるという、映画自体もドラマティックな展開を見せた作品でした。
実際の運転手さんは、積極的に民主化運動に関わっていた、非常に志の高い方だったようですが、映画ではごく普通の庶民として描かれていたからこそ、観客が感情移入して見ることができたのではないかと崔さんが仰っていて、韓国の歴史を学ぶとともに映画の力を実感できたトークイベントとなりました。(胡桃)