森遊机さんのトークイベント「市川崑映画のデザイン性」を開催しました

9月17日(土)より開催中の特別展「映画をデザインする―小津安二郎と市川崑の美学」。10月15日(土)には『細雪』の上映に合わせて、市川崑研究を牽引する映画研究家・書籍編集者の森遊机(ゆうき)さんにご登壇いただき、本展のテーマでもある「市川崑映画のデザイン性」についてお話しいただきました。

鎌倉ご出身の森さんは、大学卒業当時、市川監督に関する書籍が一冊もないと一念発起、監督のアトリエを訪ねてインタビューを行い、「崑」と題した小冊子にまとめて発表しました。それがきっかけとなり、クラインクインを控えていた『細雪』の助監督見習いとして現場を体験しました。その後も、8年にわたるインタビューと取材をまとめた市川監督との共著「市川崑の映画たち」などで、監督の長いキャリアを隅々まで網羅するなど、現在に至るまで市川崑研究を牽引する存在でいらっしゃいます。

トークでは、小津監督と市川監督がともに画面を「切り取る」のではなく、きわめて「人工的」に作り込んでいく作家としては共通しているが、2人のデザイン性と活躍した年代はまったく異なっているという話題から始まりました。また、今では市川監督の代名詞のように語られている『犬神家の一族』の特太明朝体は突然現れたものではないことや、近年、〈市川崑風〉のものは巷にいくらでもあるけれど、「崑タッチ」と言われる素早いカット割りや日本画に影響された画面構成などは、ドラマの中で活かされてこそ意味があるというお話がありました。市川作品に対する長年の洞察があってこその内容に、皆さま大きく頷かれながら真剣に聞き入っていました。

研究者であり編集者でもある森さんは、その強みを生かして、市川監督について斬新な視点から掘り下げた書籍に数多く携わられていますが、この夏から秋にかけて、今では非常に貴重となった2冊の電子書籍化を手がけています。市川監督と妻であり脚本家の和田夏十の唯一の共著「成城町271番地」(1962年)と、和田さんの文章や脚本を谷川俊太郎さんが編集した「和田夏十の本」(2000年)です。

かつて市川雷蔵の追悼本「侍」の装幀を手がけたこともある市川監督は、自身の書籍にも細やかなこだわりを持っていたため、森さんは紙の本のカバー・表紙・見返し・扉などを電子書籍版にもあえて含めたそうです。また、崑プロを受け継いでいるご長男・市川建美さんのインタビューや、市川監督が撮った家族写真なども新たに収録されています。その家族写真は非常に映画的な構図で撮られており、「自作の『おとうと』『破戒』やチャップリンの映画のカットと同じ構図、光の加減を狙い、時間をかけて1枚1枚を撮影したのではないか」との指摘はとても興味深いものでした。ただ、映画的なあまり、表情よりもシルエットや構図が優先され、「果たして家族写真としてふさわしいのだろうか」というユーモア溢れるコメントも森さんならではだと思いました。紙の書籍は絶版の状態が長く続き、高値になってしまっているそうなので、是非この機会に電子書籍版でお読みください。

森さんトーク
森さんトーク寄り

最後には、市川監督の服飾へのこだわりについても言及され、作品ごとに全スタッフに配っていたというジャンパーの『細雪』撮影時のものや、監督の形見分けでいただいたジャケットなど実際に着て見せてくださいました。監督の服を着てみると肩幅ががっしりと作られているのがわかり、虚弱体質と言っていた監督が案外剛健な骨格の持ち主だったことがわかる、と感慨深げに話されていたのがとても印象的でした。あえて人には言わないものの、実は服や日用品にも気を配っていたという監督の一面がとてもよく理解できました。

1時間強のトークイベントは、お話の流れの素晴らしさもありあっという間でしたが、市川監督の人物像とデザインの関係性について、より理解の深まる内容でした。「シャイな市川監督は、CM出演時には自分の声まで吹替させ、ついには自分自身までデザインしてしまった」という森さんのお言葉が見事な締めとなりました。

森遊机さん、素敵なお話をどうもありがとうございました。