企画展「昭和を彩る女優たち 松竹大船撮影所物語」①

20/05/22

 2020年1月18日から始まった企画展「昭和を彩る女優たち 松竹大船撮影所物語」は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため2月28日から臨時休館となり、会期半ばで終了することとなりました。楽しみにされていた皆様には改めてお詫び申し上げます。鎌倉にゆかりの深い企画展でもあり、今回から3回にわたってご紹介させていただきます。

 鎌倉には1936年から2000年にかけて松竹大船撮影所がありました。ホームドラマやメロドラマを主流とし、市井の人々の暮らしを笑いと涙で温かく描いた松竹映画は“大船調”と呼ばれ、多くの名作を世に送りました。今年、2020年は松竹映画100周年の記念すべき年にあたります。100年の歴史に敬意を捧げるとともに、昭和の時代、銀幕に輝いた女優たちと松竹映画の歴史を振り返ってみたいと思います。

 今から100年前、1920年に、歌舞伎興行と劇場経営を主軸とした松竹は松竹キネマ合名社を設立し、東京・蒲田に撮影所を開所しました。そして、映画製作という新たな分野に進出しました。当時、日本にも多くの外国映画が輸入されており、その影響から日本映画に変革の時期が訪れていました。そこで、外国の映画技術を取り入れ日本映画の革新に挑戦したのが松竹でした。女優を積極的に育てた松竹は、栗島すみ子、田中絹代といった多くのスターを世に送り、やがて“女優王国”と呼ばれるようになります。また、清水宏、小津安二郎、木下惠介といった若き才能も集まり、蒲田から大船へ移転後も日本映画を牽引する映画会社であり続けました。

 エントランスには、カラフルな色彩を背景に高峰秀子主演の『カルメン故郷に帰る』(1951)、岸惠子主演の『君の名は』(1953-54)、岡田茉莉子主演の『秋津温泉』(1962)、岩下志麻主演の『雪国』(1965)、倍賞千恵子主演の『横堀川』(1966)といった、企画展関連上映のスチル写真が並びました。企画展では戦後の代表作を中心に、大佛次郎の同名小説を映画化した『帰郷』(1950)から『二十四の瞳』(1954)、『彼岸花』(1958)、『秋刀魚の味』(1962)、そして『男はつらいよ』(1969)、『砂の器』(1974)、『幸福の黄色いハンカチ』(1977)まで12作品をラインナップしました。

 展示室の大壁面には、立看サイズのポスター10点が並びました。半裁サイズを上下に組み合わせたサイズで、日本映画黄金時代ならではのものです。半裁に比べてスターの全身像を配置しやすいため、衣裳や佇まいが際立ちます。映画ポスターの魅力の一つに色彩がありますが、モノクロ映画が主流だった頃は、ポスターに描かれた衣裳の色彩が、より一層、スターの魅力を引立たせました。

「大船撮影所住所録」と「田中絹代ブロマイド」  芸游会所蔵

 今回、展示した1936年当時の大船撮影所の住所録には、「大幹部女優」の項目があり「栗島すみ子」「田中絹代」「飯田蝶子」の名が記載されています。蒲田時代から松竹を代表する大スターであった田中絹代は、撮影所の大船移転にあわせて鎌倉山に住まいを構えました。生涯にわたり鎌倉を愛した田中絹代は、円覚寺塔頭松嶺院に墓地があり、鎌倉とゆかりの深い大女優です。田中絹代の戦前の代表作の一つに『愛染かつら』(1938-39)があります。「花も嵐も 踏み越えて〜」のフレーズでも有名な主題歌「旅の夜風」(作詞西條八十、作曲万城目正)とともに、映画は国民的大ヒットを記録しました。しかし、国策として戦意高揚映画が推奨されていった時代、女性映画やホームドラマを主流とした松竹映画は、苦難の時代を迎えました。そして、戦地へ赴く兵隊たちはスター女優のブロマイドを胸に故郷を離れました。

『カルメン故郷に帰る』(1951)、 『君の名は』(1953)公開時ポスター

国立映画アーカイブ所蔵

 戦後、最初に公開された日本映画は、松竹の『伊豆の娘たち』(1945)でした。この年、並木路子が歌い、戦後初のヒット曲となった「りんごの唄」(作詞サトウハチロー、作曲万城目正)も松竹映画『そよかぜ』(1945)の主題歌でした。戦後の日本映画は松竹映画から始まったといえます。やがてGHQによる占領期を経て、日本映画の黄金時代が訪れます。1953年、1954年には、松竹が『東京物語』(1953)、『二十四の瞳』(1954)を、東宝が『七人の侍』(1954)、『ゴジラ』(1954)を、東映は『ひめゆりの塔』(1953)、『新諸国物語 笛吹童子』(1954)を、大映は『地獄門』(1953)、『山椒大夫』(1954)を公開しました。映画史上のベストテンに残る作品が立て続けに生まれています。そして、この時代の映画会社におけるトップランナーが松竹でした。

 松竹はかつて本格的なトーキー映画『マダムと女房』(1931)を公開し、サイレントからトーキーへの変革に先陣を切りました。カラー映画においても、日本初の国産カラーフィルムによる長編劇映画『カルメン故郷に帰る』(1951)を公開しました。後に数々の名作を世に送る木下惠介監督と高峰秀子の初コンビともなった作品でした。そして、戦後の国民的大ヒット作となったのが、佐田啓二、岸惠子主演の『君の名は』三部作(1953-54)です。東京大空襲の夜、銀座の数寄屋橋で出会った男女を描いたラジオドラマの映画化でした。『カルメン故郷に帰る』『君の名は』とも公開当時の貴重なポスターを国立映画アーカイブが所蔵しており、今回の企画展にて展示しました。昭和を彩った銀幕のスターたちによって、今も松竹映画の名作は輝き続けています。(文)